妹よ 03

〈毒蛾D〉、二つ名を「鉄血暗黒貴紳毒蛾剣士」。

俺の知っている限りでは、彼の年齢はまだ18歳だ。俺は二つ下の16歳。あの男がそうならば、過去に叔父とつるんだ人間に一体何をされたのだろうか。決して罪になるような度合いの行為ではなさそうな可能性が高いが、問題は当の本人が相手にどういう感情を抱いているのかだ。ひょっとしたら明らかな復讐心を持っているかもしれないし、あるいは裁きのために物質的精神の状態を診断する目的で相手を解剖するつもりかもしれない。辺りの化け物を跡形も残さず斬りまくってしまうという性質から後者の感情を抱いている可能性がある、と俺は思う。自分に刃向かっている、嫌悪感を抱いている、もしくはとんでもない偏見を抱いていると感じた人物の精神状態を分析し、その人の実体と深層部を裁くために“捌く”ーーーーといった感じだろう。

ともかく、あの男はどうして妹と契りを結んだのだ。エリュシオンから見て、自分たちの魔法に毒蛾の力というのが本当に必要な状況なのか? なぜ「異界で暮らしているらしい」もう一人の俺が存在すると思っているのか?

俺は、嫌というほど静まり返った地下通路の途中で立ち尽くしていた。気が付くと辺りの通行人はみな帰ってしまっていたのだ。右手に握ったスタンガンを放さないまま、叔父を取り戻すという仕事に依然として追われている俺は御堂筋線方面に走った。着いたところは地下鉄の改札と阪鉄デパート、高速デパート、ウメダ地下センターそれぞれに繋がる道が交差する広場で、先程までは呆れ返るほどの群衆が行き交っていた場所だが、どうやら〈毒蛾D〉はここに向かって走り去ったようだ。

その時、ウメチカの方面から誰かを呼ぶような青年の叫び声が聞こえた。

「真理子、私はここだ!!」

俺は非常に戦慄した。彼は妹を呼んでいたのだ。黒いユニタードに身の丈ほどの緋いマフラー、相棒と思しき浮遊する陰陽玉、右手には恐ろしく直線形の長ドス………俺はこの声と不気味なこの姿が何なのかやっと確信した。こいつこそが、ある目的を果たすためにエリュシオンを人知れず仲間に加えている男、〈毒蛾D〉その人だ。そして、彼は俺の激しいふるえ声を聞いて、すかさずこちらを向いた。

「叔父さん、ど、どこ!!?」

また、不意にあの叫び声が出た。今度は神のしもべのような、見たこともない魔法の拡張子によって特定の仮想世界の果てへと放り出されてしまったような気持ちがして、とうとう俺は人間の範疇を大いに超越した境地へと引き摺り出されたのかと戦々恐々し始めた。

「貴方の叔父なら“そこ”にいる」

やがて彼は俺の耳元でそっと囁いた。俺は戦慄したままだ。

「ほ、本当に……“そこ”に叔父さんがいるってのか……」

「そうよ、彼はその場所で、貴方に会いたがっているの」

「は…………!?」

彼はどういう訳か御堂筋線の改札口の方を指差し、轍雩の親父(叔父)はここに消えたらしいというまことしやかな噂を仄めかす言葉を、とても淡々とした女性的な語り口でささやいた。

「だったら叔父さんは一体、ど、どちら方面のホームにいるんだ……」

「あびこ方面だわ」

「どうしてそこと分かったの、梅田様……!?」

妹は物凄い勘で叔父の反応を読み取った彼に驚いてそう言っていた。彼は只々無表情で俺の方を見つめていた。

「…………行くしかない。叔父さんを必ず取り戻すためだ。何が何でも俺はこの改札を越える。お前がたとえ俺の敵だったとしても、俺は叔父さんとの絆を決して断ち切らないからな!!」 その時、それまでの全身の戦慄が全て、いきなり勇気の志へと変わった。