序説 [ Prologue ]

1970年代、人類が未知なる力に覚醒した時代。大阪・梅田には「ダイヤモンド地区」と呼ばれる五角形の地区がある。御堂筋(国道176号線)と四つ橋筋(大阪市道南北線)、曽根崎通り(国道2号線)に囲まれた区画では再開発が進み、今では大阪随一の地価を記録する一帯となっていた。

一方、区画整理の手付かずだった南半分では闇市の面影を残す民家や不法占拠のバラック小屋が未だに数軒残っており、なかなか立ち退かない住民が事あるごとに巻き起こす争いとデモ活動に、区画整理の当事者はかなり頭を悩ませていた。しかし、その「住民たち」の中にもただ一人、彼らに対して底なしの復讐心を燃やす一人の若者がいた。彼こそが、誰もが寝静まった夜更けにしか出現しないという神出鬼没の剣士、〈毒蛾D〉こと梅田團治郎である。

やがて、一番地の不法占拠地帯がとうとう退廃地区と化し始めた頃、生きる糧(主に金と食料)を得るため独り物の怪を斬り続けていた彼は、立ち退きを強要するという名目で民家とバラック小屋を次々と破壊していき、豹変した住民たち全員を瞬く間にリンチ、「私はこの街を作り変える者だ」と言い残して彗星の如く去っていった。

月日は流れ、あれから4ヶ月後。不法占拠者に追われて一番地から北新地へ逃げ込み、ダンサー見習いの親友・薮内徹が住む下宿屋「船大工荘」の手伝いを始めた幼馴染みの箕島諒平は、折しも一番地に外資系高級ホテルの建設を計画していた西梅田の大地主・九代目吉田五右衛門と和解した團治郎との再会を果たすが、旧来の社会水準を跡形もなく破壊し尽くすほどの恐るべき力があったという事実に彼は愕然とする。

そして、4ヶ月前の大粛正を機に大阪市と数々の当事者企業による再開発計画の完遂が決定的となり、周辺地域の大人たちからは團治郎の精神状態を疑う声が集中するが、かつての團治郎の親友である地下鉄御堂筋線の運転士・不死川轍雩はこれに耐えきれなくなり、お初天神の境内に集めた300人の聴衆の前で「彼はそういう人間です」という旨のスピーチを行う。そのころ團治郎は、梅田の遥か地下深くに位置する鮮血色の異界〈血淵〉で異形の知能生命体に囲まれて出生してから18年間、ただ独学のみで育ってきたにも関わらず“肉親”と呼べるものを知らないという底なしの孤独から、自分がどこから来たのかをあてもなく追いかけていた‥‥。