妹よ 01

桜橋交差点付近から梅田新道にかけての国道2号沿いは、どうあがいても危険極まりないと言われる地帯だ。今、ここら一帯は改造作戦の真っ只中というのに。何しろ、15年以上前から計画されていたザ・ウォールⅠ号館が国際博覧会のあった年に完成したのを皮切りに、その2年後にⅡ号館が、そしてつい最近、西日本で最も高いと噂になっているⅢ号館が完成し、新しい地下街の建造を通して梅田一番地を名実ともに「ダイヤモンド地区」に相応しいものにすべく完璧に改造する計画が再び動き出したといっても過言ではなくなった状況だが……ただ一つ、呪われている点がある。

四つ橋筋と曽根崎通りの交差する地点、特に桜橋交差点そのものが、俗に「聖ペトロの十字架」とか「悪十字」とか呼ばれているのだ。つまりは逆十字架。しばし悪魔崇拝と結びつけられ、サタニズム(悪魔主義)ではシンボルの一つになっているものだが、何故そのような扱いを受けたのかは俺自身にも全く分からない。むしろ自分の叔父は、Ⅲ号館が西日本随一なうえ最上の2フロアに展望デッキも備えているとなれば、当然のごとく見物客が押し寄せ、かえって千客万来となり呪いは祓われるだろうと思っているが、両親は口を閉ざしたまま。どういう訳か外で一緒にいる時だけ饒舌になるらしいので、日頃の生態が全く理解できないのである。

それもそのはず、俺は中学時代、18番街のフランス料理店で両親の出会った大学(母体がどこかの宗教だったとか聞いた)の同窓会らしきコンパが異様なほど盛大に行われている様を見てしまい、それ以来、親の顔はおろか姿すら見ていない。何なら存在を思い出すだけで涙と鼻血が出てくるほどだ。10年前、記憶が正しければ当時9歳ぐらいだったある日、母親にもらった最後のプレゼント(青い瞳のセルロイド人形)もとっくのとうに燃やしている。妹が。

あの後、泥酔し切った両親は俺の寝ている間に、血痕と殴られた痕と吐瀉物まみれになって「悪い子はどこだ……醜い子はどこだ……恐ろしい子は、どこだ………」とか言いながら帰宅したという。ともかくあれ以来、俺は両親恐怖症になっている。そして妹は肥後橋駅前で謎の魔法少年と出会い、勝手にエリュシオンへ入れられてしまった。あれからもう3か月になる。曽根崎通りが「蜆川の怒り」を喰らった直後だった。

そんなことを色々と思い出しながら、蜆橋跡のある曽根崎新地をそぞろ歩いていた俺のもとへ、見覚えのあるゴーグルを着け、銀色のマントを羽織った少女がやって来た。しかも、随分と聞き覚えのある声で、突如「あなたの異界での生活はどうですか?」と尋ねてきた。

〈毒蛾D〉らしき青年に「蓮契(ハスチギリ)」の印を押され、エリュシオンの守護者四天王の紅一点に成り上がっていた妹だった。以前にもどこかで目撃したこの格好、明らかに守護者四天王の装束だ。その後、俺がこの契印の事情について訊くと、妹は「先日、私たち全員に押された御印です」とだけ答え、すぐに「異界で生きるのは楽しいですか?」と言い残して去っていった。

何だ、こいつは。

エリュシオン、〈毒蛾D〉とは確執のある組織だったはずなのに、何故、彼と契約を交わしたのか………。

先頃、闇取引と不法占拠の残党を一掃して「ダイヤモンド地区を作り変える」と宣言したばかりの彼に、組織全体がひれ伏すはずがない。そもそも、大阪市内にある魔法少年精鋭部隊自体、“魔法少女”は一人も所属していないはずだ。一般に“魔法少女”はグリモワールの仕様上、敵を倒すことができない。そして、髪型、髪色、瞳の色が変化するほどの変身も許されていない。それゆえに軍事力は皆無で、各々の生活に役立つ程度の魔法しか使えない。そんな存在であるはずなのに。

一体何だったんだ、こいつは。

最初のうちは裏切りだの三日月の力のせいだの考えて混乱していたが、それから何十分かして、最終的に俺の方がトラウマに陥った。

俺にとっての唯一の拠り所だった叔父に、妹は復讐しようとしているのかもしれない、と………… やめてくれ。 俺の叔父さんは轍雩の親父だ。