ジュテームの朝 01

午前零時。チャンネル8の前から見える満月は雪のような白化粧を纏い、純粋無垢なる麗しの白銀に染まっていた。その姿を見上げながら「野崎」を舞い鬼神に礼拝を捧げた後、私は穴蔵に帰り、夜食の梅しそ煮奴と大根煮ときゅうりの漬物(キ○ーちゃん)を貪り喰っていた。「異界で生きるのが楽しい」真理子の言葉に対して私が受容できたのは「下界の存在率から隔絶された異界を肯定すること」という思想しかなかった。

その時、自分が“かつて居た世界”に少しだけ出入りしてからこちらも夜食をとったサモトラケは食後、家の浴室から無線通信で私に話しかけてきた。当然、彼の姿は湯けむりでカメラが曇っていてほぼ見えない。

「もしもし、團治郎さん?」

「何だ……サモか。風呂の最中なのに一体どうしたのだ」

私は渋々答えた。通信機のカメラは防水プロテクターで保護されているようだが、かすかに桃色の石鹸が染み付いていて、それが自分にはなんとも汚らわしく見えた。

「先頃はどうもすみませんでした。というか僕ら自身、西天満から帰ってきた所で、とんでもないことに気付いて……」

「もしやチャンネル8の社長が既にガラクタを使い始めていたのか」

「いや、全く違うことです。僕らが気付いてしまったことは…………あの、紫音くんが……」

「紫音はもう関係ないだろう。私にはまだ次の仕事がある」

「いや、紫音くんの親友は、今日の今日まで梅田学園附属の小松原高校に通っていたんです。けど、その学園には秘密がありましてね……ところで突然ですけどサクラボウルを知っていますか、團治郎さん」

「私の穴蔵の隣にあるボウリング場だね?」

「そこが、何やら梅田学園とズブズブらしいんですよ…………」

「サモ、本当なのか? それに、紫音の親友とは一体誰のことだ」

「記憶が確かなら、あの、村井英恵さん……です」

「阪鉄セヴンのイメージギャルだった女のことか」

「ち、違うんですってばぁぁぁぁあああぁぁああああぁぁぁぁああっっ(泣)」

「ともかく私に、英恵のいた学園がサクラボウルと関係を持った経緯など知る必要はない。彼女に必要なのは家宝の巨大スワロフスキーを奪還することだろう。その為に、これから次の仕事をするところなのだが。場所はおそらく堂山と小松原の境だ」

「あのう……團治郎さん…………」

私はまだ剣士装束を着たままだ。

「……だ、大丈夫ですか? あそこ一帯はファッションホテルとかディスコとかゲイのお店とか、本当に多いですよ??」

「大丈夫だ。問題ない」

「ええっ」

「ようやく自分の大嫌いな地帯でも物の怪を片付ける為だけなら踏み込める年齢(18歳)になったのだぞ」

「ははぁ……」

「貴方自身が思春期だった頃を思い出して悔い改めなさい。そして、アスファルトに生えし鬼楢茸が如く成熟した私を褒め称えよ」

「ははぁ…………(にしてもコイツ本気なのか……)」

その直後、サモトラケが湯船から上がった。案の定、彼のデリケートな所は完膚なきまでに露呈し、いたたまれなくなった私はすぐに通信を切った。

「(まずい、スイッチを切り忘れた!! こりゃまずすぎる!!!!)」

「やめなさい、サモ。無線通信で話すときはバスタオルを巻けとあれだけ言ったのに、またやったね?」

そして、私はきゅうりの漬物をかなり渋々と食べ終えて穴蔵を出発し、新御堂筋に向かって飛び立った。漬物を盛り付けていた小皿を凝視してみると、かなり小さい字でこう記されていた。

「ベビーえほん ♥︎おいしくたべてね♥︎」と。 全く、困った女だね。この皿を私に譲った女は……