妹よ……のその後

「紫音のことを心配している暇はない。夜が更けないうちに《泉の広場》へ行くのだ」

私がエリュシオンの隊員(数えて33名いる)全員に命令を下した時、真理子は言った。

「物の怪を片付ける前に梅ヶ枝町に行ってガラクタを回収しに行くんですか、梅田様」

「その通り。叔父はチャンネル8の所蔵品について、梅ヶ枝から西天満に移し忘れた物の全ての記憶を喪失している。先日から紫音の邸に叔父がいなかったのはそのためであって、再びチャンネル8に呼びつけられた訳ではない」

隊員のサモトラケが言った。

「そういえば今年の11月22日がちょうど開局20年の日なんですが……のためにまた、何か盛大な催し物をやる訳ではなかったんですね?」

「そう、叔父は自ら梅ヶ枝に行って証拠を漁ってはみたものの、大勢のチンピラとか昔の浮浪者の亡骸とか本物の博徒とかに絡まれて物品は回収出来なかった始末だよ。だから、今度は私たちがチャンネル8の最初の局舎の跡地とその周辺からガラクタを全て、西天満まで持って行く作戦を遂行するのだ」

「了解です」

その時、真理子がポシェットから薬のような小箱を出した。

「そこに乗り物酔い寸前の隊員がいるので念のために酔い止めを投与してから出発します。あともう少しの辛抱ですよ」

「こちらこそ了解した…………あ?」

「どうしましたか、梅田様」

酷く仰臥しながらベトベトとした足音で改札口を出たと思しき一人の老人が、私の目の前をよぎった。

「この男…………叔父だね」

足元だけでなく、全身がベトベトとした得体の知れない液体にまみれているようだった。

「それは、ほ、本当なんですか!!!!」

サモトラケが驚愕した。私は真理子のポシェットからそっと20年前のポストカードを出した。叔父の過去に関する証拠写真と言えるものが、現時点でこの一枚しかなかったのだ。

「皆、ポストカードの写真を見たまえ。“11月22日 チャンネル8開局”と書いてあるだろう? その左下に写った男が、今、私の眼前を通りがかった叔父だよ」

「ええええっ、このお方は!! 大阪新世界交響楽団で首席指揮者をやっていた不死川拓磨さん……このお方、まだ生きていたんですか!!?」

「………思い出してしまったか、サモ」

私は正直呆れた。

「ただでさえ死んだと思い込んでいたこのお方にまつわる記憶、やっと思い出せましたよ!!! 確か、彼……物心ついたばかりの頃、僕の母さんの為に、このポストカードの裏にサインを書いてくれて…………それから、僕の部屋で母さんが大切に取っておいていたんです。去年の夏、鬼籍に入るまでは。けれど、去年のある日、どこか遠いところに消えちゃって……」

「残念だったな。強風で真理子の家の前に落ちてきたよ。でも、彼女がそれに気付くまでにこれほどの月日を要したというのは、きっと彼が起こした奇跡の余波だね」

「……う、梅田様あ゛ぁぁぁぁああ゛あっ!!!!」

そして、真理子の顔が涙ぐみ始め、彼女は私に向かって勢いよく抱きついた。

(梅田團治郎)